天気のいい昼下がり、野原で何かしている一匹のネズミの横を、別のネズミが通りかかった。
「やぁ、アカ。今日もブンゲイカツドウかい?よくくたびれないねぇ」
「やぁ、クロ。これが僕の生きている証だからね。止めるわけにはいかないし、別段止めたいとも思わないよ」
「また小難しい事を言うなぁ」
アカと呼ばれたネズミは、いつもいつも何かを書いている。いつからだろうか。知るネズミは一匹としていない。いや、そもそも「いつ」と言う感覚が、彼らにはない。過去や未来に捕われず、今この時を生きる。それが彼らにとってすべてだった。クロと呼ばれたネズミもその一匹で、彼は朝寝床を出て野原を散歩し、食事をして、出会ったネズミと会話し、眠たくなったら寝る、そう言う生活をしていた。それで十分だし、他に望む事もなかった。この世界に住むほとんどのネズミが、クロのような生活をしている。アカだけが特別なのだ。
「君はどうしてブンゲイカツドウをしているんだい?」
これは、クロの口癖だ。野原のど真ん中に古びた机を置いて、日がな一日何かに取り付かれたように書き続けるアカの姿は、一日の自分の行動ルートとアカの居場所とがちょうど重なっているクロにとって、見逃しがたい興味だ。しかし、普通のネズミであるクロに、アカが何をしているのか理解する事は出来ない。だから、毎日毎日、こうして問いかけるのである。ちなみに「ブンゲイカツドウ」と言う単語はアカが言っていたのをそのまま流用しているに過ぎず、それがどういう意味を持つのかも、クロは理解していない。
「それは、これが僕の生きている証だからだよ……さぁ、出来た!」
アカはペンを置くと、大きく背伸びした。思わず口から、キィ、と言う声が漏れる。
「へぇ、今日のは、どんなだい?」
クロが興味津々とばかりに、机に広げられたノートを覗きこむ。クロは文章が読めないので、例えノートを見た所で一体それが何なのかわからない。ただ、こうすると、気をよくしたアカがそのノートを手に取り、朗読してくれるのをクロは知っているのだ。
「うん、今日のはなかなかいい出来だよ。どれ、ひとつ読んであげよう」
クロの予想通り、アカは仕上げたばかりの作品を読み始めた。
物語は、村ネズミたちを苦しめていた悪い魔法使いネズミを、一匹の勇敢なネズミが退治する、と言う物だった。アカが読み進める内、クロは興奮し、だんだん自分が物語の主人公に思えてきた。魔法使いネズミとの対決シーンでは、無意識に前足でパンチを繰り出したりしていたほどだ。
「どうだい、面白かったかい?」
読み終えると、アカは汗びっしょりのクロに向かい感想を聞いた。
「見ての通りだよ。あぁ熱い、熱い!」
アカは、クロのとても正直な反応が好きだった。面白くない時は無表情だし、面白ければ今回みたいにダイナミックに表現してくれる。
明日もがんばって書こう。そう思うと、アカはクロに別れを告げ、家路についた。


―――――


「こんな感じでどうかな、兄さん」
夕食をとり終え、ソファーで休憩していた兄に、弟は書き上げたばかりの文章を見せた。
「お、どれどれ…?」
兄は姿勢を起こし原稿用紙を受け取ると、簡単に目を通した。
「うん、いいじゃないか。俺の考えてる通りの世界観だ」
「そう言われると嬉しいよ。…次はどうしようか?僕まだ、続きを聞いてないんだけど」
「あぁ、そうだったな。あー、さしあたり、もう一回同じ日常を繰り返してみるか。それでな…」


―――――



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