「プロポーズ:パラドックス」



彼の微妙に悲痛な叫び声は
野を越え山を越え
なんとか面接にまで持ち込んで
なれない化粧に四苦八苦している
下の階の私の部屋にも十分届くほどのものだった

しかたなく私はジャッキーと名付けたマイクのスイッチをまさぐる
蛇口をひねり、勢いよく飛び出す水を口に含み、うがいをする
夏独特のカルキ臭さなんて気にしない
彼に負けないほどの声量をジャッキーの力を借りて、出す

美しい私の声が響く(しまった、歯を磨くのを忘れていた)
「どうしたの?(エコー)」
ハスキーがかった彼の声が返って来る(やっぱり悲痛さは微妙だ)
「牛乳からピアノが生えたんだ!(エコー)」

それは大変だ
牛乳からピアノが生えたのだ
名付けてミルクピアノ?ピアノ・フロム・ミルクの方がそれっぽいか?
いや、この際名前なんてどうでもいい
下手をすれば酪農業界と音楽振興会との業界間紛争にまで発展しかねないこの状況下で、私は何をすべきだろうか(「猫ふんじゃった」でも引けばいいのか)?

とりあえず私はガスの元栓を占めた
少し考え、腕時計の秒針を見る
56、57、58…ピーン!
違った!短針及び長針を見るべきだったのだ
空間距離的に近いとはいえ、二つの似て非なる物質を同時にプリズム内に反射させるのは中々困難な作業のハズだが、私の眼球はしれっとそれを実行してみせた
そして、私が出した結論は…

(お昼ご飯のついでに、彼には求人情報誌を30冊ほど買いに行かせよう)

決意に満ちた私の腕で乱暴にドアのノブを回し
決意に満ちた私の足を颯爽とサンダルに突っ込み
決意に満ちた私の目は上の階をキッと見据え

そして、雑巾とドライバーを握り締めたまま、私は駆け出した

だが、実際に事件だったのは私の部屋の方だった
…私のいない私の部屋で、水道の水はいつまでも流れ続けていた
…私がその蛇口を捻った時、私の部屋だった場所は、もはや異世界だった
…私が途方に暮れていた時、少年誌を45冊ほど抱えて戻ってきた彼が、こう言い放った

「蛇口を捻ればそこは別世界。豆腐の一番固い所が入り口さ」

ノアの方舟の如くプカプカと浮かぶ冷蔵庫を開き、絹ごし豆腐を取り出すと、
私は、彼の頭にそれを思い切り投げつけた
彼は笑っていたが、何処か寂しそうだった
鼻の頭についた白い固形物にかける醤油を探すような事もしなかった
まして、かつ節やネギなんて…(そう言えば今日は安売りだった、後で行こう)
そして、部屋の水が全て引いた時、彼は忽然とその姿を消した

…それ以来、彼と会うことはなかった…

とか思っていたら、上の階から、あの叫び声が聞こえてきた
しかたなく私はデーブと名付けたマイクのスイッチをまさぐる
ペットボトルに入ったミネラルウォーターで、口をすすぐ
少しぬるいけど気にしない
彼に負けないほどの声量をデーブの力を借りて、出す

夏の瀬のアブラゼミ(♂)達の危機迫る求愛歌にも勝る私の声が響く
「どうしたの?(エコー)」
いつもの、微妙な悲痛さを伴った彼の声が響く
「どうもこうも、君に結婚を申し込まれたんだ!(エコー)」



…それは大変だ。




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