【つかの間の未来】
「転」



曇天。薄暗い闇に包まれている。息子は気にせずに、外であそんでいた。そこに、空間の揺らぎが生まれ、光が収束し、丸い形になって、タイムマシンが現れた。出発から1分しか経っていない。しかし博士には、これまでの人生の倍ほども過ごしてきたかのような疲労と、深い悲しみと、現代への慈しみがあった。
息子の姿を確認し、ほっと安堵すると、すぐにタイムマシンの充電にかかる。同時に修理も始める。
長い旅だった。
あの未来人は死んだ。

2000年後の未来では、地球は侵略気質の宇宙人に占領され、人類はその奴隷となっていた。星型の果実とは、侵略対象の惑星に住む生物を、彼ら侵略者にとって都合の良い奴隷へと「進化」させるための薬物だった。知的生命体である人類は、長い年月をかけて、自ら食糧を調達でき(エサを与える必要がなく)、元気に働ける内にコロリと逝く(反抗する組織やリーダーが育ちづらい)、良き労働者となっていた。
宇宙人とは、あの、【あの未来】で遭遇した、熊のような獣のことだった。

信じられない光景だった。
「こんな馬鹿なことが」
2000年後に降り立って初めての一言はそれだった。口に出したのが、博士か、未来人か、ふたりとも内臓が沸騰するほどにショックを受けていたため、記憶が定かでない。ただ、ふたりとも同じ気持ちだった。
窓からすぐに見える。薄汚れた半裸の人間たちが、あの熊を、数人がかりで持ち上げて運んでいた。熊は1頭ではない。50頭近く見える。それがみな、人間に担がれている。そんな気味の悪い神輿たちが、淡々と道路を進んでいる。熊たちの移動手段に使われているように見える。人間たちは、みな星をひとつっきりぶら下げて、生気を感じられない。

幸いなことに、本当に幸いなことに、ちょっとした崖上の木陰に現れたタイムマシンは、熊たちに気づかれなかった。幸いついでに、休憩時間を与えられたのか、木陰の近くまで来てしゃがみこんでいる2000年後の未来人を強引にタイムマシンへ連れ込み、事情を聞くことができた。博士たちに対する反応の薄い表情から、心までやつれていることが、ありありと見てとれる。それでも、欲しい情報は持っていたし、答えてくれた。熊と星の正体は、先に書いた通り。

「こんな不幸なことが」
愛嬌のある1000年後の未来人の顔は、真っ青になっていた。生えはじめの熟れていない星が、だいたいこんな色をしている。「こんな不幸なことが」彼は繰り返した。
博士の内心は、輪をかけて穏やかではなかった。あれが宇宙人だった?これが化学兵器とも言える薬物だった?この惨状は、僕が導いたようなものだ。僕は地獄を創造したのか。しかし、それよりも妻のことが頭をよぎって、止まない。無事なのか。まさか妻は、次元を切り離された孤立した世界で、ひとり奴隷となっているのではないか。
「そんな馬鹿なことが」これは博士が言った。

死にものぐるいで、熊を1頭、捕らえた。博士の持っている電気銃では太刀打ちできないことがわかっていたが、細身できさくな未来人が、深呼吸のあと、笑顔でポケットの中のものを見せてきた。
「注射銃です。上に持たされました。右から、睡眠薬と、催眠薬」
木陰から、神輿の上であくびをする熊に睡眠薬を打つと、奴隷たちの手を滑り落ちるように尻餅をついて、動かなくなった。奴隷の未来人たちは突然の出来事に驚いていた。しかし、驚くという感情を失って久しいらしく、
「首の後ろのあたりが、ビクビクする」
と表現した。反抗に快感を覚え、自然と笑顔を見せる者もいた。「脇のまわりが、モゾモゾする」とくすぐったそうに言った。

以下、催眠薬を打たれた熊の寝言。
今は母星からの移住熊が来ているから、1万頭程度。今後も増える予定だよ。侵略開始当時は、調査役、実行役、運転役の3頭でやってきた。俺はその運転役さ。
新しい侵略目標を地球、奴隷目標に人間を選び、手順どおりに果実の種を撒いたはいいが、100年ごとに様子を見に来ても、いっこうに人間が食べた気配がない。よくよく調べると、はじめの調査を終え、母星へ報告しに戻り、再び地球へ来て種を撒くまでの間、たった1000年の間に、人間は滅んでしまっていた。果実に早く食いつくようにと、調査の帰りに環境を悪化させる粒子をばら撒いたのが、やり過ぎだった。
そりゃあ、もめたよ。粒子をばら撒きすぎた実行役の責任か、人間のモロさに気づけなかった調査役の責任か、酔っ払っちまって地球と母星の往復に1000年もかかった運転役の責任かって。少し酔ってたからって、俺の運転は確かさ。時間がかかったのは…宇宙船がボロかったんだろうな。

で、まあ、今回は失敗だったってことで、帰ろうとしてた、その矢先さ。見下ろしたら、なんと人間がいるじゃないか。しかも調査役がレーダーを見るところでは、果実を食ったらしい。渡りに船だったね。ただ個体数が3頭しかいないってことだったから、実行役が保護しに向かった。すると抵抗にあって、タイムワープ装置を使って逃げられた。発生したベクトルを計測するに、過去行きのワープだな。果実を食った人間が過去に戻れば、歴史が変わる。時空が一気にゆがみはじめた。巻き込まれたらタダじゃすまないから、急いで地球時間のゆがみ波が届かないところまで飛んで逃げたよ。このときの俺の運転は、人生でも一番と言っていいくらい見事だったな。背後から押し寄せる荒波を右に避け左に避け、さながらハリウッドスター。の、スタントってとこかな。立場をわきまえるタイプだよ、俺は。

そうしていったん母星に戻って、また1000年後くらいに来てみたら、調査役の予想どおり。立派な奴隷のいっちょ上がりってわけだ。

え?ゆがみ波から逃げたとき、人間がひとり残ってただろうって?たしかに、逃げ遅れたぽいのがいたな。しかしそいつは果実を食ってなかったから、保護する必要なしと調査役が判断して、放って逃げたよ。惜しい気もしたが、慌ててたし。え?そいつがどうなったのかって?まあ、タイムワープのトンネルに目をつぶって投げ込まれたわけだから。出口がどこかも、そもそもトンネルから出られたのかもわからんね。

え?抵抗にあったときの電気銃は、まったく効果がなかったのかって?まあね。あれくらいの電気じゃ産毛が逆立つくらいのもんさ。え?なんだったら効果があるのかって?鈴の音だね。暴力的なデシベルだよ、あれは。ベルだけに。

「1000年後くらいに来てみたって言うけど、正確に…正確には、何年後に来たんだ。1010年後?1100年後?」
1000年後の未来人が聞いた。熊がムニャムニャと答える。
「1000年後は…1000年後だよ。いや、1001年後だったか?俺、早生まれだから…数えで1000年後だとすると…うん、1001年後だな」
「あと1年」
未来人は悲痛な表情を見せた。彼は、寿命を迎える前に、生きている間に、奴隷になる。

博士の顔色は、奴隷のそれとさほど変わらないところまできていた。決まりだ。僕と息子は、一生懸命に、一生懸命に、人類がやがてむごい目に遭うぞという約束をしてまわったのだ。少なくとも1000年もの苦痛を、子孫たちに与えた。そしてそれは、今後も続いていくのだろう。特級の犯罪者、未曾有の人でなし、恐怖の大王ではないか。
「違う」
未来人が言う。
「あなたは人類を救ってくださった。私たちを生んでくださった。1000年もの幸福を与えてくださった。つかの間なんてものじゃない。十ニ分です。ここから先の未来は、私たち自身が切り開かなくてはならない。そうだ。戦います」
「戦う?」
詐欺まがいの平和思想を捨て、戦うということか。
「息子さんの言葉を、そんな風に言っちゃいけない」
強めの口調で戒めた。
「今ここにいる人々には申し訳ないが、私たちも1度だけ、未来を変えさせてもらいます。戦うんだ」
未来人は落ち着いていた。博士も落ち着かねばなるまい。やることは見えているのだ。
タイムマシンの起動スイッチを押した。1000年分ほど帰る。


未来人たちは必死に戦った。まず、果実を捨てた。1000年間も味わい続けた星の果実の甘味を捨てるなど不可能と思われていたが、救世主たる博士の言葉が持つ影響力は絶大だった。
「僕と、僕の息子と、星の果実が、みなさんを救えるのは、ここまで。それを伝えるために僕は来た」

シナリオは、救世主の案内役を任されるほどに頭の良い未来人が考えた。
「星が侵略者の撒いたものであることは、隠しておきましょう。こういうことです。
侵略者にとって、エサを用意する必要のない地球の人間は、格好の奴隷対象に見てとれた。それで支配されたと。そして、星はあなたが生み出したということにします。星はもともと、食糧危機を乗り越えるために、あなたが生成した。食糧が復活したならば、本来あるべき生物の食物連鎖の枠組みに戻っていくべきである。なぜなら、星は不完全な食糧だからである。見てのとおり、寿命が縮んでしまった、と」
博士はそのとおりにスピーチしてまわった。

人々は星を捨て、野生の動植物をどうにか口に合わせ、栄養を確保した。博士も研究に携わった。
しかし、たくさん人が死んだ。果実を捨てるか否かという論争の中で数千人が死に、果実を捨てたことによる体調不良で数千万人が死に、動植物が口に合わず、数億人が死んだ。なにより、子どもや赤ん坊が死んだ。星がなければ、育て方がわからないのだ。そこも、博士の出番だった。妻と3年間、食糧危機の最中に、必死で育てた。その経験が、活きている。
たったの1年で、人口は3分の1になった。しかし、生きる道が見えてきた。

そして来るべきときが来た。3人の侵略者は驚愕しただろう。誰も果実を生やしていない。それに、地球上のいたるところで、不快な音が鳴り響いている。鈴だった。
「理由はわからないが、とにかく、この星の連中とは、とんでもなく相性が悪い」
上空に見えていた小さな真ん丸い影は、去った。
「やった!」
博士は、みなと手を取り合った。彼は涙を流して、「今日は美味い飯が食えますよ」と言った。

その数日後、彼は死んだ。少し早い。慣れない食事に、寿命が縮んだのかもしれなかった。ベッド脇のテーブルには、水とクッキーが置いてある。博士が用意して、彼は少しだけ口にした。
「本当にありがとう」
間際、彼は博士に言った。
「こんなに長く付き合ってくださって」
「私たちは幸せだった」
「今度はあなたの番です」
とつとつと落ち着いた口調で語り、2,3度深呼吸すると、「なんの文句もない」と、笑顔で死んだ。


博士は戻ってきた。出発から1分しか経っていない。息子は気にせずに、外であそんでいた。息子の姿を確認し、ほっと安堵すると、すぐにタイムマシンの充電にかかる。同時に修理も始める。この丸い乗り物も、ずい分疲労している。
長い旅だった。
あの未来人に、応えようと思った。

 




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