WORLD_3


【蛾と月夜】


自宅前の廊下に点在する蛾の死骸にうんざりして、今日は帰宅をためらった。
今年はやけに蛾が多い。

休日返上の部活。学園祭での公演に向けて、立て看板作りその他。丸1日かけたおかげで、それなりのモノが完成する。そしてそれなりの疲れ。
連日の異常な寒さが嘘のように過ごしやすい1日だった。本来の秋に戻ったよう。雲ってはいたが時折晴れ間も差し、風もなく暖かい。室内で作業するのが本当に惜しかった。
作業は18時に終了し、程なく解散した。空は深い、青と青紫のさらに中間のような色。まばらなうろこ雲と目の前の山との接点付近に、十三夜を過ぎた月が見えた。

家に帰れば蛾が待っている。1匹でなく、廊下中に4匹も5匹も。日に日に増えていく。どこからか新しく現れた蛾は、僕の目にする限りそこから一歩も動くことなく、何日かすると死骸になっている。片付ける者もいないので数は増えるばかりだ。
その光景は、僕にこれまでにない嫌悪感を覚えさせる。

1号館の屋上へ上がる。外階段を使い、立ち入り禁止の柵を越え、校舎の先端へ。足先を校舎と平行に揃え、周囲を見渡す。右に図書館前の大きなイチョウ。前は大通りから大学に続く坂。その左横には本部棟。さらに左には、目線の高さにおぼろ月。
今日は本当に暖かい。背伸びとあくびを一度ずつして、少し後ろに下がり、そのまま仰向けに倒れた。一気に視界が空で埋まる。さっきよりも少し暗くなった気がする。

倒れる直前、図書館前の外灯の周りでちらつく虫たちが目に入り、忘れかけていたことを思い出した。
もし、今日のような天気が夏の終わりから順当に続いてきていれば、蛾もあれほどまでに廊下に集まり、そして死ぬこともなかったのではないだろうか。先日まで続いた朝晩の急激な冷え込みさえなければ、風に流されて僕の部屋の中に千切れた翅が入り込むこともなかったのではないだろうか。

冷え込みさえしなければ。暖かければ。順当に行けば。さらに深く沈み出した空へ想う。月へ、星へ、流れる航空機へ。
横を向くと、イチョウの頭の部分だけが校舎の先に見えた。もうずい分暗くなったことと、外灯が下から木を照らしていたこともあって、それはさながら大きな雲の船に見えた。
飛び込んではいけない。

右を向いたまま首を下に降ろすと、本部棟が今にも空に溶け込んで消えてしまいそうだった。 「そこには何もない。空だけ」、そう意識すると、本当に視界から本部棟が消えてしまった。
瞬き1つで、再び現れた。


帰りたくなく思うのが蛾のせいではないことは、もちろん分かっている。
蛾や蛾の死骸や蛾の千切れた翅は、直帰しそのまま室内で過ごし眠りにつくことを避けたい僕の心が用意した、体のいい理由に過ぎない。
それなりに疲れた僕は、それなりの痛みを持つ。
蛾に嫌悪したところで痛みには繋がらない。
嫌悪したのは蛾ではなく。そして、癒されたくて空へ昇ろうとした。

しかし、今の僕は人に説明できる理由がなければ冒険もできない。
さらに選ばれたその理由はとても否定的なものだ。
そのままイチョウの船へ飛び込んでしまいたい。
本部棟と共に空へ溶け込んでしまいたい。
どちらもできないから、眠ってしまおうとする。

しかし、コンクリートの地面は体温を吸収し、青く黒い空は気温を吸収した。

月夜に冷たく起こされた僕は、黙って屋上を後にする。

そして蛾に会いに行く。


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